2008年6月30日 (月)

【8】トーテン・クロイツ

「前車の覆(くつがえ)るは後車の戒め」(前の車のひっくり返るのを見たら、その二の舞をしないように気をつけよ)というとばがあるが、企業の不祥事が後を絶たない。

その温床は

①前例主義と形式主義

②減点主義

③人を育てない

④夢がない、ビジョンがない

⑤変化への適応力がない

⑥ストックがない

⑦投資しない

⑧革新を怠る

⑨時流を無視する

⑩原理原則を無視する

にある。

戦前の医学書にトーテン・クロイツ(Totenkreuz)という言葉があったそうである。

トーテン・クロイツは、ドイツ語でTotenは死人、Kreuzは十字架で「死の十字架」という意味である。

瀕死の状態で死の直前に、体温が急降下し、逆に脈が上昇して体温の曲線(軌跡)と脈拍曲線(軌跡)の2つの線が交差する現象のことを言う。

熱性患者の体内に、新鮮な血液を供給して体力の回復を図ろうとすると、脈拍が速くなる。そして、白血球が病原菌をたたくために体温が上昇する。

このとき、脈と熱が平行線であれば、脈が速く、熱が高くても患者の様態が急変する

ことはないが、この脈拍曲線と体温曲線が交差すると死に至る。

企業経営にも「死の十字架」がある。

利益が上がらないのに人件費が上がれば、やがて利益曲線と人件費曲線はクロスする。

売上と経費、債権と債務、利益と人件費など、死の十字架はいたるところに存在する。

管理のプロフェッショナルならば、売り上げが上がらないのであれば、経費を削減するか、回転率を上げるか、利益率を高めるか「死の十字架」にならないようにしなければならない。

どうすれば、死に至るルールなのかを知り、そうならないうちに先手を打つ。

それができなければ、管理者にとどまることは許されない。   以上

|

2008年6月23日 (月)

【7】肯定論からの見直し

経営コンサルタントのロバート・キャノンは、「ほとんどのマネジャーが世界を問題の観点からとらえて、否定的な言葉を口にする。しかし、『問題がある』と言われて気分が高揚する人間はいない」と述べている。

否定論からではなく、肯定論から現状をブラッシュアップしていくということである。「肯定分析計画法」(アプリシエイティブ・インクワイアリー:Appreciative Inquiry

という組織改善の考え方がある。

一言で言えば、問題が起こったら、問題を否定的に見て問題の除去や解決を考えるのではなく、問題を肯定的にとらえて、その状況でも良い部分を見つけてそれを伸ばしていくということである。

アプリシエイティブは、「真価を認めること」、インクワイアリーは、「問い合わせ・質問」という意味であるから、「組織(または個人)のよい点に着目し、よい点についての質問を繰り返すことによって組織のもつ可能性をさらに引き出しながら、組織改善を行っていく」のである。

従来の問題解決法におけるアプローチはこうである。

①組織の問題点→②原因→③解決方法→④解決のための行動

それに対して、肯定分析計画法におけるアプローチはこうである。

①定義→②発見→③イメージ →④デザイン→変革への行動となる。 

定義(Define)とは、現状についての質問の範囲、対象者、質問の進め方を決めること。

発見(Discover)とは、組織がとても良好な状態は、どのようなときや状態であったか、その時の組織の強み、価値や資産を見つけること。

イメージ(Dream)とは、発見された組織のよい状態や強みを基に実現可能な将来のあるべき姿をイメージすること。

デザイン(Design)とは、あるべき姿(将来像)を具体的に設計すること。

変革への行動(Deliver/ Destiny)とは、組織の将来像の実現に向けて具体的変革を実行していくこと。

管理者は、何がうまくいっているかということや、利用できる資産として何があるかを明確にし、考えられる望ましい将来像を描き出し、それを実現するための実行可能な方策を考えて、実行する。

管理者は部下にやり方を指示するのではなく、それをすることがなぜ重要なのかを説明する。そして「やり方」は部下に任せる。そうすれば部下は設定された期待により納得し、より主体的にそれに取り組んでくれる。

オフィスレム コラボレーター  栗田 猛

|

2008年6月 9日 (月)

【6】真の経営目的を知る

管理者は、経営目的を正しく理解する必要がある。

経営の最終、最大の目的は何か?

利益を上げること。

コンプライアンスを遵守すること。

顧客満足の実現。

確かに、これらも間違いではないが、正解とはいえない。

それは経営目的ではあっても小目的である。

そのような利益やコンプライアンスや顧客満足をコンスタントに生み出す経営体質を作ることが中目的となる。

では、最終、最大の目的は何か。

それは「存続」である。

「どのような時代、環境にも生き残り、存続することが経営の最大の目的である」と理解するところに、管理者使命がある。

企業会計においては、企業の活動が永遠に続くと仮定して会計処理を行うという「継続企業の原則」がある。

これをゴーイングコンサーン(Going Concern)という。

言い換えれば、「企業には継続するという社会的責任がある」ということである。

「企業は、何を持って存続し、いかに存続するか」を理解することが、管理者プロフェッショナルとしての基本条件である。

「いかに存続するか」の「いかに」の中身を考えるにあっての、キーワードにCSRがある。

CSR”とはCorporate Social Responsibilityの頭文字をとった表現で、「企業の社会的責任」と言われるものである。

企業はこれまでにも社会に対してさまざまな貢献を通して社会的責任を果たしてきた。たとえば、製品やサービスの提供、雇用の創出、税金の納付、メセナ活動など。

しかし、近年は、従来とは違った角度から企業の社会的責任が議論されています。

その背景には、「マルチ・ステークホルダー・エコノミー」と呼ぶべき新たな時代の到来がある。

マルチステークホルダーエコノミーとは、企業と何らかの利害関係を有する主体はすべて利害関係者(ステークホルダー)であるとする考え方である。

利害関係者というと、金銭的な利害関係の発生する顧客や株主と考えがちであるが企業活動を行う上で関わるすべての人のことを言いう。

地域住民、官公庁、研究機関、金融機関、取引先そして部下も含む。

企業とステークホルダーをつなぐキーワードは、「満足」に集約できる。

今後、企業はステークホルダーとコミュニケーションをとり、ともに満足される関係から「存続」が生まれる。

いかにお客様に満足を創造し提供することができるのか?(CSCustomer Satisfaction

いかに社員に満足を創造し提供することができるのか?(ESEmployee Satisfaction

いかに社会に満足を創造し提供することができるのか?(SSSocial Satisfaction

満足を創造し、提供するところに管理者の精神がある。

この精神で見れば既成概念が新しい発想のコンセプトに変わる。

管理職は、「満足創造職」であり、売り上げは「満足普及高」であり、利益は「満足貢献高」となる。

満足は無限である。

無限であれば、管理職の努力も無限でなくてはならない。

そこに、初めて管理職としての訴求ポイントが生まれてくる。

オフィスレム コラボレーター  栗田 猛

|

2008年6月 2日 (月)

【5】カゴを水につけてみる

「籠に水をためようと思っても溜まるものではない。いっそ、籠を水につけてみなされ」とは、蓮如上人(本願寺第8代「真宗再興」の祖)の言葉である。

「赤字を出したくない」「倒産させたくない」「効率化したい」「何とか成長させたい」と努力する。

しかし、思うようにならない。

それも当然で、成長させるやり方、効率化できる状態に組織がなっていないからだ。

先の、蓮如上人の言葉にあるように、組織自体を取り巻く環境の中にどっぷりと浸けてみれば、自ずと効率化し、成長できる、新しいやり方に転換していくはずである。

伝統としきたりの中で従来のやり方を墨守(古くからのやりかた、昔からのしきたり、ありきたりの様式や自説を固く守ること)している限り、進歩は望めない。

得意先の未回収債権や、原料高、製品安、部下の非協力などを恨み、腹を立てても事態は改善しない。

過去からの脱出とか、既成概念の打破のためには、物事にとらわれない、「見切り」「思い切り」が大切である。

宮本武蔵が遺した五輪書に「見切りとは、相手の剣が自分の体に届くかどうか、それを見極めることである」と記されている。

相手の剣が伸びてきたとき、わずかでも空間があれば切られることはない。

だから相手の剣が空を切った後に反撃することが勝利につながる。

しかしその見切りを間違えると、自分が切られてしまう。

したがって「見切り」とは、間合いを正確に計ることがいかに大切かを示している。

「思い切り」とは、早めに決断することである。

何事にも「見切り」「思い切り」が大切。

どっぷりと、組織を環境の中に浸けて、現状をしっかり認識し、未来の展望の上に立って過去を反省し、新しい行動を打ち出すことである。

過去からの時代に合わない商品や、事業や、マネジメント手法にしがみついていては、ダメである。

立地条件が変わってくれば、店舗や工場やオフィスの移転が必要。

消費動向が変わってくれば、インターネット販売の導入も必要。

雇用環境が変わってくれば、年功主義から成果主義への変更が必要。

見栄を捨てる。体裁を捨てる。

真にわが部門にとって何が大事か?必要か?

本質を見つめ、目的を追求していくところに活路が見つかる。

オフィスレム コラボレーター  栗田 猛

|

2008年5月19日 (月)

【4】今の仕事から逃げ出したいとき

出社すると、自分のやった仕事の結果からクレームの電話が入り、他の人がその対応に追われている。

その状況の中で、さまざまな報告や指示が飛び交っている。

それを手も出せず、見守るしかない自分が、針のむしろに座っているようで耐えられない。

どのように責任を感じ、どのようにそれについて始末をつけていくのかという前向きの姿勢が持てず、目先・周辺対応に追わる状況に耐えられず、その苦しみから、逃れようと考える。

  当事者の心境は、当面の苦しみから、何とか逃れたい一心から「会社を辞める」という。

家族が反対しようが、先輩が思いとどまらそうが、友人が引き留めようが、家族も先輩も、友人も関係ない、「自分は、今の苦痛から逃れるんだ」という。

医療の世界では、苦痛から逃れる方法として、モルヒネがある。

モルヒネは痛みを止める効果が最も強い薬で、古くから使われており、現在でも痛みの治療になくてはならないものである。

モルヒネも麻薬に分類されているが、現世の苦悩から逃れ、極楽に遊ぶために、さらに依存性や毒性の強いアヘンコカイン覚せい剤等に走る。

  多くの場合薬物依存症に苦しむこととなる。

また薬物の作用による幻覚状態や譫妄(せんもう:意識混濁に加えて幻覚や錯覚が見られるような状態)・錯乱状態を引き起こす。

あるいは薬物を購入するための資金を得るためにを犯すことも珍しくない。

先の理由で「会社を辞める」と言ってきた人は、今の苦しみから逃れられるという麻薬の味を知り、思いこんでしまっている状況であるから、誰が話してもだめである。

やがて、家族を巻きこんで、身を誤っていく。

人間だれしもいろいろいな苦しみに遭う、一時的に調子が落ちることも、失敗することもある。

このような状態になったときに、誰に相談するかである。

あるいは相談するまでもなく、自分でどのような態度をとるかである。

まず、もう一度、今の自分を冷静に見つめなおすことである。

そして、自分でどのような決定を下すかは、健全な社会人なら持っているはずの、ごく普通の知識・判断力に従うことである。

日頃から培ってきた、いわば常識である。

オフィスレム コラボレーター  栗田 猛

|

2008年5月12日 (月)

【3】最後に残ったものの値打ち

軍(いくさ)用語に「ぬけがけ」という言葉がある。

「ぬけがけ」とは多くの場合、誰が先駆け(真先に敵陣に攻撃を仕掛ける事)を務め

るかは事前に軍議で決められるが、それを無視して先駆けをする事。

上手く行けば功績となるが、失敗すると戦に勝っても腹を切らなければならない賭け

的な行為をいう。

  「早い者勝ち」「先にツバをつける」は、前者が「来た順にもらいが多いこと。早いものが優先されること」であり、後者は「他人に取られないように、前もって手を打っておく」ことである。

  いずれも人より先んじて行動することが勝ちと考える行為であるが、果たしてそうであろうか?

  真珠王、御木本幸吉翁語録に「玉にキズ」という面白いエピソードが紹介されている。

ある恩人の紹介で訪ねてきた客に「お土産に好きな真珠を十個選びなさい」と三、四百個の真珠を出した。

客は喜んでその中から選び出したものを翁は、「あなたの選んだものはみなクズばかり」と笑い翁自ら選んであげると、拾い出したものは光沢、丸み、大きさこれ申し分ないが、どの真珠もわずかなキズが見えるため、その客が除いたものばかり。

翁いわく、「昔から玉にキズ」といって良いものには必ずどこかにキズがある。

「真珠は首飾りや指輪に加工するからキズがみえぬ様に穴をあけたり手をいろいろ加えれば、そのキズは無いものにできる。人間を選ぶときも同じことですよ。」という名言を残している。

昔から、大工が家を建てる時、一番気にかけるのは「壁の中に隠れてしまわないで家の中に見えてくる・現れてくる柱」である。

特に和室の見えてくる柱は、「節」のない柱が好まれる。材木屋に注文する時も元々「節」の少ないあるいはない木を、注文するが、節のある木と節のない木(無節)は当然値段が全然違う。そこで、の節のある面を壁に向け、座敷に向いた面に無節をつかう。

このように、人も商品や製品の仕様も、使用目的とコストを考えねばならないということである。

「ぬけがけ」

「早い者勝ち」「先にツバをつける」行動は、その点においての考慮が払われていなのではないか。

案外、残ったものの中にこそ、磨けば光る球が潜んでいるのではないか。

人の選び方も、玉石混合の中から、玉ばかりいち早く選び抜いたつもりでも、傷のない人物優先ということで、こじんまりまとまった可もない人物をえらんでいるように思える。                                       

            オフィスレム コラボレーター  栗田 猛

|

2008年4月21日 (月)

【2】好きな仕事をすると健康になる

医者に言わせると、嫌いな仕事をしていると病気になるという。

それは、精神状態が不安定になるからだという。

逆に、好きな仕事をすれば健康でいられるのである。

「ストレス」という言葉がある。

「ストレス」とは、例えば、ボールに圧力がかかってひずんだような状態である。

もともとは、物理学に使われていた言葉であるが、カナダの生理学者であるハンス・セリエ博士が1936年にイギリスの雑誌「ネイチャー」誌に「ストレス学説」を発表したことから、この言葉が使われ始めた。

「ストレス」には良いストレスと悪いストレスがあるそうである。

良いストレスとは、目標、夢、スポーツ、良い人間関係など、自分を奮い立たせてくたり、勇気づけてくれたり、元気にしてくれたりするストレスである。

悪いストレスとは、過労、悪い人間関係、不安など、自分のからだやこころが苦しくなったり、嫌な気分になったり、やる気をなくしたりするようなストレスである。

そしてそのストレス状態を引き起こす要因を「ストレッサー」といい、同じストレッサーでも、受け止める人によって「良いストレス」になるか「悪いストレス」になるかが、大きく異なってくるというのである。

 ある目標や期限をバネにしてがんばる人もいるが、同じ目標や期限をノルマと感じて自分を苦しめる人もいる。

それがために、あせりや取り越し苦労から健康のバランスを崩していく。

不安定さは、自分の持っている考え方、能力に自信がない場合に起きる。

過去の既成概念や先入観を捨て、現在の仕事に飛び込み、四つ身(両力士が互いに右または左で差し合い、まわしを引き合うことを)に組んで努力をしていれば、不安定感は感じない。

このような状態にある人を、「気力が充実している」という。

「恋をしている時」、「自分の好きなことに夢中になっている時」など、「目標に向かって前向きに取り組んでいる状態である。

「好きこそものの上手なれ」「惚れた欲目」ともいう。

好きなことには自然とそれに熱中するから、上達が早いのであり、惚れてしまえば欠点までが美点に見えてしまうのである。

そこには、マイナスを切り、プラスのみを見つめ、そして、それをもっと美化しようという心がある。

このような行動を「質を高める行動」という。

                  オフィスレム コラボレーター  栗田 猛

|

2008年4月14日 (月)

【1】すべてをプラスに転化する

自分を「運が良いとか悪い」とかで考えてはならない。

  管理者として、功なり名を遂げた人は「私は、ただ若い時から、がむしゃらに努力して働いてきた。そうしているうちに、いつの間にか今の立場になった」という。

  苦労を苦にせず、現実に取り組み、他の人よりも、より一層考え行動してきただけである。

  我々の先輩は、さまざまな人生を通して、そこに共通する生き方、考え方を残してくれている。

  「世の中には福も禍もない。ただ考え方でどうにでもなるのだ。」

イギリスの劇作家シェークスピア(15641616)「運命が明日何を決定するかを問うな。瞬間こそわれわれのものである。さあ、瞬間を味わおうではないか」  ドイツの詩人フリードリッヒ・リュッケルト(1788-1866

多くの失敗を重ね、失意のどん底にある時も、すべて、それを受け取る本人の考え方次第で、それがプラス、あるいはマイナスに転化していく。

「そのうちに・・・」という人はやるべき時に、覚悟を決め行動を起こさないから、ついに何事もやらずに機会を逸してしまう。

「明日なさねばならないことがあったなら、今日のうちになせ」

アメリカの作家、政治家、科学者、外交官 ベンジャミン・フランクリン(1706-1790) 

覚悟とは「今やるということを決めること」である。

我々は、何で飯を食っているのかを、まず認識しなければならない。

そして、この仕事は何のためにしているのかということをよく理解していれば、新聞やテレビ、インターネット情報、友人との会話など、いつでもどんな時でもそこから仕事に関係するヒントを得ることができる。

「そんなの関係ない!」ではだめである。

ただ漠然と時間を過ごしてはならない。

人生には、失敗や過ちを犯すことがある。

失敗や過ちのない人はいない。

しかし、その誤りにいつまで固執しても仕方がない。

済んでしまったことは仕方がない。

2度と繰り返さないと、覚悟をきめたら固執を断ち切ることである。

「同じ石に2度もつまずくことは、世間のもの笑いになる恥辱である。」

古代ローマの政治家マルクス・トゥッリウス・キケロ(紀元前10643

それをプラスに転化すればいいのである。

                   オフィスレム コラボレーター  栗田 猛

|